夢を見た。
本当に夢だったのかはわからない。寝れた記憶がないから。
雨の降る歩道橋、階段を登る。僕は君の後ろに立とうとして歩みを緩める。君も歩みを緩める。「〇〇ちゃんと付き合ったら絶対階段先に歩かせてくれて感動した」昔笑顔でそんなことを話してくれた君の顔を何度も思い出す。
雨の降る遊園地、ここ、どこだっけ。頭の両脇につけたぬいぐるみの耳、胸元につけたお揃いのシール。なぜか俺だけキャストさんに声をかけられて、君は「ねえなんで!?」とただをこねる。
雨の降るバスロータリー、これは…昔君も住んでいた僕の地元の駅前。たしか元カレの愚痴を聞いた時に日帰り温泉に誘ったんだっけ。この日も天気は良くなかった気がするな。俺は風邪気味で、君は当時よく着てたギンガムチェックの服を着て。店員のおじちゃんに「カップル?」って聞かれたりして。
雨の降る参道、この間君と行った神社だ。7時間雨の中を運転して着いた目的地。僕は神様の前ですら素直になれなくて、「この3人がずっと仲良くいられますように」なんて。
雨の降る寂れたアーケード。僕も君も住んでいる街の商店街だ。僕の溜まってた不満が漏れ出して、吹き出して、それを君に全部ぶつけて、大泣きしながら君に電話した翌日の景色だ。君の家から駅までの10分間、君はいつも通りお喋りしてくれた。「雨降るよ」「え、でも傘見つからないからいいや」道中のコンビニで傘買ってたよね。
夢を見ていた。
ずっと僕に向けてほしかった笑顔を、気持ちを、初めて僕に向けてくれたあの日からずっと。「私は君のこと、いいなって思ってるよ。」
「『ありがとう、ちょっと考えさせて』って言われて絶対ふられると思った」って君は言ってたけど。正直、今向けてくれるのかぁ、とは思ったかな。心が飛び上がったことは最後まで言えなかったな。
夢を見続けた。
ずっと行こうねって言ってたお店、何度も何度もリスケしてようやく行けたお店。
「去年ここの上のお店で忘年会した」「すごいね、こんなところで忘年会するんだ」「っていう話を前もした」「うん、そんな気がした」
「こんな家具が似合う家に住みたい」「いいね、住みたいね。家具見るの楽しいね」
「前ここのお店でヘアオイル買ったよね」「あ、そうだったね、やっと思い出した」
「やっと来れたねこのお店」「なにこの御通し」「結構おいしいね」「疲れちゃった」「じゃあ今日は早く帰ろう」「もう一緒にいられないなって思っちゃった」
夢から目覚めなかった。
何度も何度も夢から醒めようとした。
それでも私は君が好きだった。
夢から醒めようともがいた。
とっくに終わった夢に、ただ1人、まだ起きたくないとぐずる子供のようにしがみついた。
起きたくない、醒めたくない、離したくない、その笑顔を僕にだけ向けていてほしい
起きるしかない、醒めるしかない、離れている、もう二度とその笑顔はお前には向けられない
それでも俺は君が好きだった。好きで好きで好きで好きで、駅のホームに君を見つけて動揺するくらい好きで、駅に用事がある時はいつも君がいないか探してしまって、でもお願いだから1人でいてと願っていて。
最後にもう一度、夢にしがみつこうとした。あの4日間僕に向けてくれた笑顔が、どうしてもあの時の笑顔と重なってしまったから。「僕まだ好きなんですけど、どうしたらいいと思いますか」「もうそのつもりはないんだなって見ててわかったよ」僕だけがずっと夢を見ていた。
君が車でかけていた音楽。「これ何の歌?」「これしか知らないけど、すごく好きなの」「藍空と月 描写」
『君といても心はいつまでも痛いし君がいなくても心は痛いし』
『これでいいやなんてさ思ってないんだよ』
君の思う君は誰なんだろう。僕は君が好きなものはなんでも好きになれたよ。あの子以外はさ。
遠くの国道を走る救急車の音が聞こえる。君の家の方へと走り去っていった。