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旅行記やら日記やら

中学受験合格記

大学4年の夏を迎えた私がなぜこんな記事を書くのか。私が通っていた塾のホームページを見たからに他ならない。個人塾に通っており、「まだやってるのかな、潰れたかな」という興味本位で検索したところ『第一志望合格率75%!第二志望合格率95%!』という売り出しが出てきたので、ついその全文を読んでしまった。そこに卒業生のメッセージというコーナーがあったので、それなら一塾講師としてこれ以上記憶が薄れる前に書き留めておこうと思った次第である。

私が中学受験をすると言い出したのは確か4年生の冬であったと記憶している。友人が中学受験をするというのでやりたいと言い出したはずだ。それで近所の大手受験塾に通いだした。しかしそこの塾長が極めて型破りな講師であり、6年の春に独立、自然とその塾長についていき個人塾に通いだすという流れであった。

どれほどの型破りであったか。彼はいわゆる熱血漢(今なら訴えられるであろう行為も平然と行うほどの)であり、教室の壁にこぶしで穴をあけたり机を投げ飛ばしたり、時には体罰も行っていた。私自身も殴られた。この記事でそれについて非難する気はないので省略するが、いわゆる昭和的教育が行われている塾であった。ただ、その分本当に子どもに対して本気で向き合ってくれる塾であったと思う。塾長は職場に寝泊まりし、受験直前(1月~)などまだ夜が明ける前から塾を開放し自習室としていた。「わかるまで帰さない」の標語通り帰宅時間が23時を過ぎることもあった。1月末の受験直前(中学受験の多くは2月1日~7日付近で行われる)は学校を休んで塾に通っていた。

その中でも私が最も記憶しているのは6年冬に行われる正月特訓と当時呼ばれていたもので、その名の通り元旦から勉強漬けにされる講習だ。たしか全員一律の問題集を同時に解き始め、誰がどこまで解けたかを競い合う方式であったと思う。ホワイトボードに正の字で記録されるため視覚的にわかりやすかった。この講習がなぜ記憶に残っているか。やはりここで「受験生」としての覚悟が生まれたからだと思う。受験本番に向けて大詰めを迎えみんなが集中している中で競うということは、そのまま受験本番の姿に直結する。私は塾の中でも成績のいい方だったから当然期待もかけられたしその分期待に応えなければという気持ちも子供ながらに持っていた。だから正月特訓でもそれなりの成績を収め、確かなにかの賞をもらったはずである。

これほどの勉強漬けの日々を送っているのだから、上記の合格実績も当然といえる。卒業生のメッセージでも勉強量とそれに応える講師陣の熱意に感謝する声が多数見受けられた。

今は中学受験を指導する側となっているが、受験に成功する子供は「受験生としての自覚」を持てた子供であると思う。なんとなく・親に言われてで受験するのではなく、自分がこの学校に通いたいからという明確な意思を持って勉強に取り組めるか。これがある生徒は指導していて自分の弱点克服に励むし、ない生徒はそのままなあなあで本番に挑み、そのほとんどはあえなく玉砕している。現在指導している生徒の一部には未だに深夜ゲームをしていたり、漫画が手放せない子供がいる。別にそれらが悪だというつもりもないし息抜き程度には楽しんでもらいたい。そうは言ってもそれで授業に集中できないというのはやはり宜しくない。だから少しでも教育に携わる人間はそれが精神論で終わらないように、まずは指導する側から促していかなくてはならない。